2015年2月19日木曜日

エルガー  愛の挨拶










絶妙な転調
美しい中間部

 この曲をはじめて知ったのは、確かFM放送でオーケストラ版が流れていたのを聴いたときだったように思います。 そのときは何てロマンチックで懐かしい情感が香る曲なのだろうかと思いました。最初の有名なテーマは、現在CMや映画、テレビ番組のBGM等で頻繁に聴かれるようになりましたね。

 何よりテーマが親しみやすく覚えやすいですし、ヴァイオリンやチェロ、ピアノで演奏するにしても弾きやすいのが最大の魅力ですね!おそらくこれからも多くの人が口ずさみ、愛される名曲として受け継がれていくことでしょう。
 
 愛の挨拶で私が一番惹かれるのは、中間部でやや憂いを帯びた主題が出てくるところです。 回想のシーンが蘇るように少しずつ調を変えながら展開される美しいメロディ……。時間の流れが止まったかのようにも思えるこの絶妙の味わいは『愛の挨拶』がただの小品ではないということを強く感じさせるのです。
 こんなに可憐で美しい音楽を作った人が、あの行進曲『威風堂々』や『チェロ協奏曲』を作った人だとはちょっと信じられないような気もいたします。



グローブスの
しっとりとした演奏

 この曲はさまざまな形で演奏されますが、私が聴いて一番しっくりくるのはチェロやピアノの独奏ではなくオーケストラ版ですね。なぜかと言えば、魅力的な中間部の美しい転調が最も味わい深くて余韻が残るのがオーケストラ版だからなのです。
 チャールズ・グローブスがフィルハーモニア管弦楽団を指揮した演奏はゆったりとしたテンポとしっとりと愛情を込めた表情が美しく、この曲の決定版といってもいいかもしれません。
 しかし残念なことにグローブス盤も現在は廃盤になっているようです。お聴きになるとしたら、とりあえず『ウェディング・クラシックス』とタイトルがついたウェディングに纏わるイメージの作品を集めたオムニバス盤しかないようですね。




2015年2月17日火曜日

バッハ カンタータ第1番『暁の星のいと美しきかな』









溢れるような喜びと希望が
情感豊かに展開

 バッハは音楽を「神の賜物」と考えた作曲家で、不世出の傑作「マタイ受難曲」、「ヨハネ受難曲」、「ミサ曲ロ短調」はもちろんのこと、多くの作品はこのような信念に基づいて作曲されたのでした。
 これはルター派(宗教改革で有名なマルティン・ルターを創始者とする教派)の正統的な流れを汲む考え方でもありましたが、単に教派の典礼音楽としての範疇に留めないところがバッハの偉大なところなのです。バッハがライプツィヒ時代に盛んに作曲した教会カンタータはプロテスタントの礼拝用の音楽として位置づけられているものですが、芸術的な価値も非常に高く、今なおその作品は多くの音楽家によって演奏されているのは承知の事実です。

 カンタータBWV1『暁の星のいと美しきかな』はルター派の牧師だったフィリップ・ニコライの原曲による作品ですが、バッハの息がかかることによって、新たな生命力が付与されたことは言うまでもないでしょう。この作品は受胎告知の祝日用として作曲されたもので、溢れるような喜びと希望が情感豊かに展開されていきます。

 最高の聴きどころは1曲目の管弦楽を伴う合唱です。まずヴァイオリン二挺が語り合うように奏でる懐かしく素朴な響きに癒されます。そこにホルンが絡むとますます牧歌的な雰囲気が醸し出されていくのがわかりますね……。
 少しずつ形を変えながら何度も繰り返され発展していく主題の展開はバッハの作曲の妙が充分に味わえるところです。この第1曲は合唱だけでなく、独奏楽器が主題を奏でる面白さと豊かさがふんだんに味わえる音楽といっていいでしょう!

 そして同じように独奏楽器(ヴァイオリン)が活躍するのが第5曲目のテノールのアリアです。このアリアは力強いフレーズの提示と卓越したリズムが素晴らしく、段々と音楽が進行するにつれて深みを増していくのが特徴です。何よりもヴァイオリンの伴奏が魅力的で、躍動的な喜びが伝わってきますね!

 同じ教会カンタータでもBWV140『目覚めよと呼ぶ声が聞こえ』やBWV147『心と口と行いと生活もて』の人気曲に比べるとBWV1は演奏頻度もぐっと少なくて地味な存在です。もっともっと聴かれてもいい曲ではないでしょうか……。



リヒターの
唯一無二の名演

 演奏はバッハのカンタータをライフワークとして捉えていたカール・リヒター=ミュンヘンバッハ管弦楽団および合唱団(アルヒーフ)が最高です。
 1曲目のヴァイオリンやホルンの響きからして彫りが深く、情緒豊かでありつつも格調高い音楽がいっぱいに拡がっていきます。しかも合唱の真摯でひたむきな表情が曲の持つ性格にピッタリです!
 リヒターの熱い気持ちと強い意思が比較的自然な形で発揮された名演奏と言えるかもしれません。

 ソリストでは第5曲のアリアを歌うエルンスト・ヘフリガーが際立っています。輝きに満ちた声、自然な陰影、立体的な表情等……本当に素晴らしく、変化に富んだこのアリアを意味深く聴かせてくれます。第3曲のアリアを歌うエディット・マティスの表情がやや硬く、単調に聴こえるのが少々残念ですがそれ以外はすべてに理想的です。

 教会カンタータ=ルター派の精神性という構図に決してこだわる必要はないのでしょうが、根底にプロテスタントの礼拝用の音楽としての下地があることを考えるとすれば、リヒター盤以外の選択肢は考えられないくらいこれは完成度の高い演奏と言えるでしょう。