2013年8月3日土曜日

ショパン バラード第1番ト短調作品23













2つの魅力的な主題による名曲

 正直に告白しますと、ショパンはどちらかというと苦手な作曲家の一人で、普段はあまり好んで聴きません。有名なポロネーズあたりを聴く限り激情的で孤高な人なのかと思うのですが、その一方でロマンチックな情緒をいっぱいに効かせたフレーズを作ったり、超絶技巧を要するヴィルトゥオーゾに変身したり……。大作曲家であることは間違いないのだけれど、どうも本当の素顔が見えない作曲家のように思えて仕方ないのです(もちろんそういうところが魅力なんだとおっしゃる方も多いのですけれど)。
 4曲作ったバラード集にもそういうところがたくさん見受けられるのですが、ショパンの魅力がふんだんに散りばめられた傑作であることには違いありません。

 中でも第1番ト短調は昔から多くの人に愛聴されてきた名曲です。この曲が愛される理由は何と言っても2つの魅力的な主題によるところが大きいでしょう!親しみやすくロマンチックな情感にあふれた2つの主題は曲中でさまざまに音型を変えながら展開していきます。

 曲の冒頭で決然と開始される変イ長調のユニゾンはショパンのこの曲への強い想いを代弁しているかのようです。すると、まもなく哀愁を帯びた第1主題が出てきます。この第1主題は心にぽっかりと穴が空いたような虚無感、寂寥感が滲み出ており、この作品の中でもとりわけ印象的な箇所ですね…。
 その後切れ目なくト短調の経過句が続き内面的なわびしさを表出していくと、やがて甘く美しい変ホ長調の第2主題が現れます!この部分はショパンが作った旋律の中でも最もロマンチックなメロディかもしれません。第1主題で孤独な旋律が響いているだけに、平安な気分に満ちた第2主題は素晴らしい明暗の対比を描き分け、曲を大いに盛り上げていくのです!

 そして後半はこの二つの主題が交互に配置されながら、ショパンらしい華麗なテクニックと旋律によって、きらめくような音楽の泉となり幕を閉じるのです。


ルービンシュタインとツィマーマン新旧の名盤

 そもそもバラードという作品は、ショパンの作品の中でもかなり地味な部類に属しており、そのぶん決定的な名演奏にはなかなか出会えないというのが一般的なイメージでした。しかしこの作品の意味をしっかり理解し、共感している人はさすがに素晴らしい演奏を残しています。

 中でもアルトゥール・ルービンシュタイン(RCA)は自然な感興によって演奏されており、くっきりとした音色、瑞々しい感性、風格のある表現と…どれをとっても安心して聴ける素晴らしい演奏です! 特に後半のヴィルトゥオーゾ的な華麗なフレーズの部分はルービンシュタインの手に掛かると引き締まった完成度の高い音楽になっていることに驚かされます。これはショパンの音楽に精通し共感を寄せるルービンシュタインの卓越したピアノでなければ表出できない世界かもしれません。ショパンのバラードの演奏をこれから聴こうという方にはまっさきにおすすめできる演奏と言っていいでしょう…。

これに対してクリスチャン・ツィマーマン(グラモフォン)の演奏は溶けるような美しい音色と夢幻的なタッチで繊細な表情を描き出します。わずかな音色の変化にも柔軟に反応するツィマーマンの音楽センスには驚きを隠せません!バラードという地味な作品にこれほど抒情的な表現を施した演奏はとても意味があります。





2013年7月28日日曜日

ベートーヴェン 交響曲第5番 ハ短調 作品67 part2









今なおコンサートの花形プログラム

 音のドラマが心を揺さぶり、充実度満点のベートーヴェンの交響曲第5番は昔から多くの指揮者がこぞって取り上げた作品でした! その傾向は今も変わっていないと言っていいでしょう。コンサートの花形プログラムであることは間違いありません。苦悩から歓喜へ至る勝利の道程は人の心を鼓舞する強いメッセージがありますし、演奏効果がすこぶる高いことも人気の要因なのだと思います。これはいかに第5が聴衆にアピールする魅力をふんだんに持った作品なのかということのあらわれに違いありません。

 ただし演奏そのものは決してたやすくはありません。表面的に曲の体裁を整えたり、バトンテクニックの上手さで感動的な演奏を実現させることは、まず不可能と言っていいでしょう。音楽的に優れているとか、センスがあるという類いの要素はこの曲に関しては逆にマイナスの材料になりかねないのです。第5は指揮者の人間性、精神性、芸術性までも浮き彫りにしてしまう恐ろしい作品といっても過言ではありません。とにかく上っ面を撫でた指揮、マニュアル通りの指揮では到底表現できない高度な精神と意志の力が音楽に色濃く反映しているのです。


音楽の概念を根底から覆す作品

 第1楽章はメロディ的な要素が一切なく、音楽の概念を根底から覆すような革新的で大胆な試みに驚かされます。たたみかけるような絶望的な主題や緊迫感漲る構成が曲が進行するにつれて次第に魂の鼓動や訴えを如実に表出していくではないですか! 
 第2楽章の回想や瞑想…、ここではさまざまな想いが夢のように交錯します。しかしベートーヴェンは自分を取り戻しつつ、過去に決別しながら着実に前進していくのです。
 第3楽章の冒頭は第5で最も印象的な部分かもしれません。暗闇の中からゆっくりと顔を上げ、恐れと不安に怯えながらも地に足を着けて歩き出す姿が印象的です!
 そして第4楽章フィナーレの圧倒的な勝利の凱旋!執拗なくらい何度も何度も繰り返される歓喜のテーマは有無をも言わせぬ感動と興奮を引き起こしてくれます!


チェリビダッケの密度の濃い名演奏

 最近これは…と思える素晴らしい演奏に巡り会えました!それはセルジュ・チェリビダッケがミュンヘンフィルを指揮した1992年のライブ演奏(EMI)です。第1楽章からチェリビダッケ独特のゆったりとしたテンポで始まりますが、引き締まった造型と磨かれた立体的な響きが他では味わえないような充実した演奏を創り出しています。
 第一楽章は一般的に早いテンポでグングン押していく指揮者が多いのですが、チェリビダッケはテンポを変えたり、興奮して加速したりということが一切ありません。ただ有機的で気持ちのこもった楽器の音色が最上の純音楽的な美しさを引き出しているのです!

 特に素晴らしいのは第3楽章の冒頭の暗闇からの目覚めを表出する意味深い響きではないでしょうか。絶望や喘ぎを深い呼吸でじっくりと表現しており、思わず感情移入させられます。それに続く第4楽章も金管楽器の強奏を始めとする、これぞベートーヴェンという隙のない響きがたとえようのない満足感を与えてくれます!録音が素晴らしいところも魅力で、現在フルトヴェングラーの数種類の録音を除けば、最も安心して聴ける演奏と言っていいかもしれません。