2018年2月17日土曜日

「ブリューゲル展 画家一族 150年の系譜」











ブリューゲル一族の
偉業を辿る

異空間へと誘う「雪中の狩人」やスケール雄大でありながら緻密な「バベルの塔」等、一度見たら忘れられないメッセージ性豊かな名画を残したバロック絵画の大巨匠ピーテル・ブリューゲル1世。

その偉大なブリューゲル1世を筆頭にブリューゲル家の絵画史を紐解くような展覧会、「ブリューゲル展 画家一族 150年の系譜」が現在、東京都美術館で開催されています。

ブリューゲル1世があまりにも偉大だったため、息子たちの絵も瓜二つのようになってしまうのは致しかたないことなのかもしれません。
しかし、彼らが絵に込める思いは父の絵の絶対的な魅力や本質を後世に伝えようという高い志しの中で生まれたものであることも間違いないのです。

プライベートコレクションを中心にしたおよそ100点の絵画には、父の絵に深い共感を寄せる彼らの熱いメッセージが脈々と受け継がれているのかもしれません。






会 期   2018123()41()
会 場   企画棟 企画展示室
      休室日月曜日、213()
      夜間開室金曜日は9:3020:00
     (入室は閉室の30分前まで)
観覧料   一般 1,600 大学生・専門学校生1,300  
      高校生 800 65歳以上 1,000




2018年2月10日土曜日

モーツァルト ピアノ協奏曲第9番変ホ長調K271「ジュノーム」

















モーツァルト初期の名作

モーツァルトはあらゆる楽器の中でもピアノを愛し、ピアノに自分のありったけの想いを込めて作曲したことで有名ですが、初期の名作、ピアノ協奏曲第第9番「ジュノーム」もその好例と言えるでしょう!

特に、涙に彩られたメロディが印象的な第二楽章アンダンティーノはピアノの音色だけでなく、オーケストラにも哀しみの心が深く滲み出ていて、心を揺さぶられます。音楽が進むにつれて、その表情は幾重にも変化し、ますます憂いの想いが募っていくのです。そんな哀愁を帯びた旋律であるにもかかわらず、中間部でさり気なく無邪気な微笑みを見せるところもモーツァルトらしいですね……。

しかも、決して暗くなったり、重苦しくならないのは、モーツァルトの音楽がどこまでも澄み切っているからなのでしょう!

澄み切ったと音楽という意味では、ピアノのソロで始まる主題が印象的な第三楽章ロンド-アレグロもそうかもしれません! まるで青空にぐんぐん舞い上がっていくような、この透明感、飛翔感は一体何なのでしょうか。

この二つの楽章に対して対照的なのが、肩の力を抜いて口ずさむように音楽が開始される第一楽章です。平凡で何でもないように聴こえたりもするのですが、全体的に聴く人の心と耳を拒まず、水が土に染みこむような受容度の高い音楽になっているのです。また、随所に光と風を感じさせる音楽性の高さも魅力と言えるでしょう!


解釈や演奏が難しい
第一楽章、第三楽章

「ジュノーム」は第二楽章が素晴らしくよく書けているため、よほど平凡な演奏でない限り、大抵は音楽の美しさが伝わってくることでしょう。しかし、第一楽章や第三楽章はそうはいきません…。ここはピアニストや指揮者の解釈、センスが大いに要求されるところで、ツボにはまれば作品の隠れた美しさや愉しさを引き出せるでしょうが、失敗すると退屈でつまらない演奏になりかねません…。

その点、リチャード・グード(ピアノ)、オルフェウス室内管弦楽団(Nonesuch)は自然なスタイルながら、曲の美しさを充分に堪能させてくれる演奏です。グードは表現の幅が広く、深い解釈をするのがモットーのピアニストですが、この曲ではモーツァルトらしい愉悦に溢れた響きが心地よく、一小節ごとに変わる表情も豊かで生き生きしています。
オルフェウス室内管弦楽団との息もピッタリで、特に第一楽章の中間部、ピアノとオケが言葉を交わすように展開するあたりは音楽を聴く喜びでいっぱいに満たされます。


有名な第二楽章の素晴らしさが際立っているのが内田光子(ピアノ)、ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管弦楽団(DECCA)です。第二楽章はオケの出だしからして寂寥感が漂っているし、ピアノの音色も秋の深さと哀しみの情をひたすら伝えていきます。第一、第三楽章も安定感抜群で、内田のカデンツァも魅力いっぱいです。「ジュノーム」の美しさを再認識させてくれる名演奏と言っても過言ではありません。


2018年1月27日土曜日

ヘンデル 二重協奏曲第2番 ヘ長調 HWV.333










管楽器と弦楽器の響きが
ブレンドされた絶妙な味わい

作品のタイトルである二重協奏曲というのは一体どういう意味なのでしょう?

ネーミングからすると、分かるような分からないような……、きっと釈然としない方も多いのではないでしょうか。実はこれ、同じ2台の独奏楽器を使用しているという形態の協奏曲なのです。たとえばチェロ2台と、オーボエ2台で、あとは弦楽器という形式ですね…。「これじゃ、ますますイメージしにくいじゃないか」という方もいらっしゃるかもしれませんね。

おっと!? 曲のタイトルで揉めていても先には進みません…。それでは本題に入っていくことにしましょう♩ 
ヘンデルの二重協奏曲は3曲あって、そのどれもがオラトリオの幕間に演奏される音楽として作曲されています。

二重協奏曲はヘンデルならではの独特の響きと味わいがありますね。
それは水上の音楽や王宮の花火の音楽で聴かれる管楽器と弦楽器をうまくブレンドした響きといっていいでしょう。ファゴットやホルンが奏でるスケール雄大な響きが弦楽器の格調高く繊細な響きと相まって、絶妙な味わいを醸し出すのです!

中でも第2番は豊かなメロディやソロの魅力、多彩な曲調の変化があって、私が最も愛する作品です。これだけ音楽が充実していると、もはや間奏曲というカテゴリーに置くのは勿体ない作品ですね……。

実際、第三楽章のア・テンポ・ジュストは『メサイア』の第30曲の合唱曲「門よ、お前たちのかしらを上げよ」に転用されていて、その充実度が伺われます。

この第2番で特に魅力的なのは第6楽章ア・テンポ・オルディナリオでしょう。長調と短調を行き来する陰影に満ちたテーマをオーボエとホルンが巧みに歌い交わしながら、音楽に華を添えるのが印象的です。全体として何か大きいものに包み込まれるような安心感があり、ぐんぐんと音楽が拡がっていくのはヘンデルならではの魅力と言えるでしょう。

太陽の煌めきのように強いエネルギーを発散し、美しい情感が自然に湧き上がる第二楽章アレグロも見事です!


オリジナル楽器演奏の美感を
最大限に生かしたピノック

演奏はトレヴァー・ピノック指揮イングリッシュコンサート(アルヒーフ)が音楽の美しさをとことん堪能できる名演奏です。
これはオリジナル楽器演奏によくありがちなスッと流したような演奏ではありません。
まず楽器の音色、響きのバランスが抜群です。それぞれの楽器の織りなすハーモニーの美しさが極上ですし、しかも音楽の流れが軽快そのものなのです。

それだけではなく、音楽の本質をしっかりと捉えて、深い呼吸で旋律を歌わせているため、オリジナル楽器演奏の弱点でもある楽器の響きが淡泊になることがありません。特にホルンやオーボエのソロはセンス抜群で、弦楽器の響きと美しく溶けあう情感は最高ですし、至福の時を約束してくれることでしょう!



2018年1月20日土曜日

写真展『伝説の映画スターたち、オードリーなど』





Audrey Hepburn / Monte Carlo Baby, 1953
© Paramount Pictures Photo by Bildarchiv Peter W.Engelmeier / G.I.P.Tokyo



Anthony Pakins
© Photo by Xavier Lambours / G.I.P.Tokyo



映画が伝説だった時代の
スターたちの肖像

1月29日より、銀座4丁目のArt Gallery M84で『伝説の映画スターたち、オードリーなど』が開催されます。
かつて銀幕のスターたちが伝説の存在として君臨した映画黄金時代。映画が活況を呈し、俳優たちに人々の憧れと羨望の眼差しが向けられていた20世紀に数々の名ショットを残した写真家たちの作品を紹介する写真展です。
ポートレイトで有名なジョージ・ハーレル(George Hurrell)、クラレンス・シンクレア・ブル(Clarence Sinclair Bull)、ジェームス・ディーンをはじめとする何気ない日常のようすを撮影したデニス・ストック(Dennis Stock)等、選りすぐりの写真家の作品が揃います。
お買い物の後や休憩時間にでもふらっと立ち寄って、過ぎ去りし日の記憶に想いを馳せるのも悪くないかもしれませんね……。




【開催概要】
写真展 「伝説の映画スターたち、オードリーなど」
期 間  2018年1月29日(月)~3月17日(土) 休館日を除く
場 所  Art Gallery M84
住 所  東京都中央区銀座4-11-3 ウインド銀座ビル5階
T E L   03-3248-8454
時 間  10:30~20:00(最終日17:00まで)
休館日  日曜日
入場料  500円

2018年1月13日土曜日

ラヴェル ボレロ











メロディとリズムが
互いの良さを引き立てあう

皆様お久しぶりです。ご無沙汰しておりました……。
そして今さらながらですが、明けましておめでとうございます。今年も何卒よろしくお願いいたします。

さて、新年の幕開けを飾るにふさわしい作品として、私はラヴェルのボレロをとりあげたいと思います!
ボレロとは元々3分の4拍子によるスペインの舞曲の一種で、一定のリズムが絶えず繰り返されるテーマは底知れぬエネルギーと興奮を与えてくれますね。

ラヴェルの着眼点の良さは、このビクともしない強靭なリズムの音型をバックに個性的で色彩豊かなメロディをつけたことです。まさにベストマッチと言ったらいいかもしれません……。メロディとリズムがお互いの良さを最大限に引き立てあっていることが実感できるのではないでしょうか!
フィナーレに向かって次第にめくるめく興奮と熱狂を与える音楽の構成は巧みで見事です。これは管弦楽の名手ラヴェルだからこそ成せる業と言えるかもしれません。



マルティノンの
しなやかで格調高い名演

ボレロは誰が振ってもある程度の演奏が約束される音楽です。これはボレロが作品として良く書けていることもありますが、どのようなパフォーマンスにも左右されない受容度の高さも挙げられるでしょう。そこがラヴェルの音楽の柔軟な感性のあかしとも言えるでしょう。

あえて挙げるならば、ジャン・マルティノンがパリ管弦楽団を振った録音(Warner Classics)がしなやかで色彩豊かな音色が素晴らしく、繊細な情感が根底に息づいている管弦楽の見事さと併せてベストかもしれません。フィナーレに向かって段々と曲が高揚し、興奮のるつぼと化していく様子が格調高い表現の中に生きています!



2017年12月26日火曜日

デュリュフレ 「グレゴリオ聖歌による4つのモテット」









心洗われる静かな祈りや
透明なハーモニー

ブログの更新がしばらく途絶えてしまいました…。

昨日はクリスマス。

そこで、今回はクリスマスにふさわしい音楽をご紹介したいと思います。それは20世紀のフランスの作曲家、モーリス・デュリュフレの『グレゴリオ聖歌による4つのモテット』です。

デュリュフレはオルガン作品をはじめとする声楽作品や宗教音楽を書いた作曲家で、作品数こそ多くはありませんが、その音楽は真摯な祈りや清新な味わいに満ちています。デュリュフレといえば、現在では何といっても『レクイエム』ですが、この作曲家を知るという意味では『4つのモテット』のほうがむしろ親しみやすく、入りやすいかもしれません。

タイトルどおり、全体は4曲で構成されていて、通して聴いてもせいぜい7~8分くらいの短い作品です。しかもグレゴリオ聖歌をテーマにするくらいですからドラマチックな激しさや高揚感はありません。その代わり心洗われる静かな祈りや透明なハーモニーが音楽全体に充満しているのです。

前奏なしで始まる第一曲の『いつくしみと愛のあるところ』は穏やかで、まさに慈愛に満ちた合唱の美しいハーモニーが静かに広がっていきます。
第二曲の『すべてに美しく』は女性パートが中心で、第三曲の『あなたはペテロである』は力強く、決然とした表情が印象的です。
第四曲の『かくも寛大な』は喜びや哀しみの感情が珠玉のように溶け合いながら、様々な表情を照らし出しつつ消え入るように曲を閉じていきます……。

どれもこれも、クリスタルのような透明な響きが魅力的で、時の流れを忘れさせる豊かなハーモニーに魅了されることでしょう。


演奏はゲイリー・グラーデン指揮、聖ヤコブ室内合唱団(BIS)が高い完成度と美しい響きで作品の魅力を心ゆくまで堪能させてくれます。

先ほど述べた透明感のある美しいハーモニーを、これほど実感させてくれる演奏は他にはないでしょう。心洗われるとは、このような演奏を指して言うべきなのかもしれません。

2017年12月12日火曜日

『ロダン~カミーユと永遠のアトリエ』










ロダンの人間としての弱さと
赤裸々な人間感情

先日、渋谷Bunkamura・ルシネマで『ロダン~カミーユと永遠のアトリエ』という映画を観てきましたので、簡単にその印象を綴っていこうと思います。

ジャック・ドワイヨン監督はこの作品で、彫刻家ロダンその人の内面の葛藤や歴史に埋もれた真実を浮き彫りにしようとしたのでしょうか……。『考える人』や『カレーの市民』、『地獄の門』といった日本でも有名な芸術家の輝かしい記録のドラマなのかと思って見ると、大いに肩透かしを食うかもしれません。
それほどこの映画はロダンの人間としての弱さと赤裸々な人間感情を吐露した映画なのです。

反面、なるほど……という名言も随所に散りばめられています。たとえば、「創作物は自らの生命のすべてを吹き込んだものであり、完成した作品は自分の分身、はたまた実の子か、それ以上の存在だということ」。ちょっとだけ聞くと綺麗事を言ってると思われるかもしれませんが、しかしこれが偽らざる芸術家の心境であり本分なのでしょう。

でも芸術家という職業はつくづく孤独な職業だな…と思いますね…。印象的だったのが、ロダン、モネ、セザンヌとフランス画壇の巨匠たちが顔合わせをした時に、ロダンが当時まだ売れていなかったセザンヌに向かって『諦めちゃいけない。創作に注いだ過程が尊いんだから』との内容で励ますシーンがあります。セザンヌにとって誤解を受け続けながらも、自力で名声を勝ち取ったロダンから薫陶を受けることは何よりの励ましになったのでしょう。

一度作品の魅力を理解してもらえれば、多くの人々の賞賛を受け、注目の的となリますが、世の人々の共通の認識から外れた作品を発表すれば、たちまち社会悪のように偏見の目を向けられ、罵声を浴びせかけられることがしばしばです。
つまり、名だたる巨匠でも精魂注いで出来上がった作品が吉と出るか凶と出るかは誰も予知出来ないし、知る由もありません。ロダンの場合、これに相当するのがフランス文芸家協会から依頼されたバルザック像なのでした。



バルザック像の制作がもたらした
大きな転機と負の連鎖

かなりの自信を持って制作した彫像だったのですが、予想に反して批評家たちの散々な非難を浴びてしまいます。そして皮肉にも何種類か作ったバルザック像は、いずれも彼の創作スタイルからして、明らかに時代を先取りした前衛的で意欲的な作品ばかりだったのです。

意外なのはロダンともあろう人が、この事を契機にすっかり意気消沈してしまうことです。もっと反骨精神があっても……と思ったりするのですが、芸術家として、あるいは人間としての素直な問いかけやポリシーを傷つけられた代償は想像以上に大きく、何とも言えない挫折感や虚脱感が彼の心身を蝕むようになるのです。

負の連鎖なのか、この頃から愛人のカミーユとの関係や妻との関係もギクシャクするようになり、仕事の面でもさまざまな支障をきたすようになります。一度ねじれてしまった心の歪みは大きな傷となって、私生活にも大きな影を落としていくことなのでしょうか……。

どちらかというと一般的な鑑賞者側の立場と言うよりも作り手側の視点に立った映画なのでしょう。とにかく、一度モノ作りに没頭したことがある人なら、この微妙な心境は少なからず理解できるかもしれません。

全体的にはバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタをバックに、意味深なナレーションをプロローグやポイントに挿入するのは雰囲気があって大変いいと思います。しかし、それがストーリーを展開する上で効果を発揮しているかというと、決してそうでもない感じだし、複雑な人間関係の描写が意外に淡泊なのも、どうも心に響いてこない一因になっているように思います。

もう少し視点を絞って、シンプルな作りにしたら、受けとめ方はかなり変わったかもしれません。それがちょっと残念ですね……。但し、芸術家の心の孤独や苦悩を大きく掘り下げようとした試みは大いに評価できますし、これを踏み台に新たな人物像に光を当てるのもいいのかもしれません。