2017年12月12日火曜日

『ロダン~カミーユと永遠のアトリエ』










ロダンの人間としての弱さと
赤裸々な人間感情

先日、渋谷Bunkamura・ルシネマで『ロダン~カミーユと永遠のアトリエ』という映画を観てきましたので、簡単にその印象を綴っていこうと思います。

ジャック・ドワイヨン監督はこの作品で、彫刻家ロダンその人の内面の葛藤や歴史に埋もれた真実を浮き彫りにしようとしたのでしょうか……。『考える人』や『カレーの市民』、『地獄の門』といった日本でも有名な芸術家の輝かしい記録のドラマなのかと思って見ると、大いに肩透かしを食うかもしれません。
それほどこの映画はロダンの人間としての弱さと赤裸々な人間感情を吐露した映画なのです。

反面、なるほど……という名言も随所に散りばめられています。たとえば、「創作物は自らの生命のすべてを吹き込んだものであり、完成した作品は自分の分身、はたまた実の子か、それ以上の存在だということ」。ちょっとだけ聞くと綺麗事を言ってると思われるかもしれませんが、しかしこれが偽らざる芸術家の心境であり本分なのでしょう。

でも芸術家という職業はつくづく孤独な職業だな…と思いますね…。印象的だったのが、ロダン、モネ、セザンヌとフランス画壇の巨匠たちが顔合わせをした時に、ロダンが当時まだ売れていなかったセザンヌに向かって『諦めちゃいけない。創作に注いだ過程が尊いんだから』との内容で励ますシーンがあります。セザンヌにとって誤解を受け続けながらも、自力で名声を勝ち取ったロダンから薫陶を受けることは何よりの励ましになったのでしょう。

一度作品の魅力を理解してもらえれば、多くの人々の賞賛を受け、注目の的となリますが、世の人々の共通の認識から外れた作品を発表すれば、たちまち社会悪のように偏見の目を向けられ、罵声を浴びせかけられることがしばしばです。
つまり、名だたる巨匠でも精魂注いで出来上がった作品が吉と出るか凶と出るかは誰も予知出来ないし、知る由もありません。ロダンの場合、これに相当するのがフランス文芸家協会から依頼されたバルザック像なのでした。



バルザック像の制作がもたらした
大きな転機と負の連鎖

かなりの自信を持って制作した彫像だったのですが、予想に反して批評家たちの散々な非難を浴びてしまいます。そして皮肉にも何種類か作ったバルザック像は、いずれも彼の創作スタイルからして、明らかに時代を先取りした前衛的で意欲的な作品ばかりだったのです。

意外なのはロダンともあろう人が、この事を契機にすっかり意気消沈してしまうことです。もっと反骨精神があっても……と思ったりするのですが、芸術家として、あるいは人間としての素直な問いかけやポリシーを傷つけられた代償は想像以上に大きく、何とも言えない挫折感や虚脱感が彼の心身を蝕むようになるのです。

負の連鎖なのか、この頃から愛人のカミーユとの関係や妻との関係もギクシャクするようになり、仕事の面でもさまざまな支障をきたすようになります。一度ねじれてしまった心の歪みは大きな傷となって、私生活にも大きな影を落としていくことなのでしょうか……。

どちらかというと一般的な鑑賞者側の立場と言うよりも作り手側の視点に立った映画なのでしょう。とにかく、一度モノ作りに没頭したことがある人なら、この微妙な心境は少なからず理解できるかもしれません。

全体的にはバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタをバックに、意味深なナレーションをプロローグやポイントに挿入するのは雰囲気があって大変いいと思います。しかし、それがストーリーを展開する上で効果を発揮しているかというと、決してそうでもない感じだし、複雑な人間関係の描写が意外に淡泊なのも、どうも心に響いてこない一因になっているように思います。

もう少し視点を絞って、シンプルな作りにしたら、受けとめ方はかなり変わったかもしれません。それがちょっと残念ですね……。但し、芸術家の心の孤独や苦悩を大きく掘り下げようとした試みは大いに評価できますし、これを踏み台に新たな人物像に光を当てるのもいいのかもしれません。


2017年12月6日水曜日

ドラクロワ 『ウジェーヌ・ドラクロワの肖像』










ピカイチの肖像画



以前このブログで書いたことがありますが、『フレデリック・ショパンの肖像』を見てもわかるように、この人が描く肖像画は秀逸です。
いや、秀逸という以上にピカイチと言ってもいいでしょう。 何より一度見たら脳裏に深く刻まれるような圧倒的な存在感は凄いの一言です。

この自画像は鋭い眼力と生気に溢れた表情が人としての強烈なバイタリティを醸し出しているようです。 確かにこれは容貌を含めて、ドラクロワ自身の理想の姿を映し出しているのかもしれません。しかし、絵に描かれた表情が偽らざる姿、内面の現れであるとするならば、ドラクロワは相当に自信家で、高い理想を持ち、激しい気性の持ち主だったのであろうということが見てとれます。

もしかしたら、当時の画家が描く自画像というものは、現在のSNSやブログで用いるプロフィール写真のように、自分自身をアピールする手段として使われていたのかもしれませんね……。そう考えると、ドラクロワの肖像画は多方面でドラクロワ自身に成り代わり、人を惹きつけ、信用させる等、絶大な効果を発揮したのではないでしょうか…。

とにかく、今にも話しかけてきそうな生き生きとした雄弁な表情には目を見張ります! それを支える卓越した描写力。スピード感のあるタッチ。動きや奥行きを感じさせる空間処理がますますこの絵の価値を高いものにしているのです。

2017年11月28日火曜日

ロジャース&ハマースタイン 『回転木馬』














ロジャース&ハマースタインが
最も愛した作品

今回はロジャース&ハマースタインのミュージカル第三回目として、『回転木馬』をとりあげます。

ロジャース&ハマースタインは『南太平洋』、『王様と私』、『サウンド・オブ・ミュージック』等、誰もが知るミュージカルの名作を作りあげた黄金コンビとして有名ですが、その彼らが最も愛した作品が実は1945年初演の『回転木馬』なのでした。
1956年にゴードン・マクレーを主役に配して映画化もされていますが、残念ながら原作と音楽の良さを生かしきれているとはいえません。日本でもたびたび舞台上演されていますが、正直なところ評判になったというのをあまり聞いたことがないですね……。

この作品についてはどうしても内容に触れずには話が進められないので、あらすじを紹介しておきます。
19世紀末の海岸沿いの村、遊園地の回転木馬で呼び込みをしていた青年ビリーは、客としてやってきた純真な娘ジュリーの心をわしづかみにして結婚します。しばらく幸福な時間が流れていきますが、ジュリーの妊娠に気がついたとき、ビリーは失職してしまいます。家族があたりまえの生活を送れるよう願うあまり、ビリーはチンピラ・グループの誘惑に乗り強盗を企てますが、あえなく失敗。逮捕され刑務所に収監されるとき、ビリーは自ら生命を絶ち霊界へと旅立ってしまいます。

しばらくして、霊界でビリーは一日だけ村に戻ることが許されますが、そのとき地上ではすでに15年もの歳月が流れていたのでした。初めて見る娘のルイーズは孤独な思春期を迎えており、父親が強盗だったということで周囲からいじめを受け、冷たい視線を浴びせられていたのでした。
ビリーは何とか娘を励まそうと、ルイーズに特別な贈り物を渡そうとしますが、警戒されてままなりません。ルイーズが出来事をジュリーに話すと、それはビリーが私たちに会いに来てくれたのだと感慨深く受けとめるのでした。
その後ルイーズの卒業式で、なごやかに友だちと接し、それを優しく見つめるジュリーの姿を見ながら、ビリーは安心して霊界へと戻っていくのでした…。


人間の愛の尊さを謳う
ミュージカル

この作品は歌って踊る躍動的なミュージカルのイメージからしたら、動きの要素も少ないし、ストーリーは前述のように深刻で、そういう意味ではちょっと異質な作品かもしれません。

しかし、『回転木馬』は脚本にしても音楽にしても、ひときわ人間の愛の尊さを謳い、叙情的でロマンチックな味わいを持ったミュージカル作品です。音楽の間にセリフが巧みに挿入されていたり、セリフのやりとりのバックには場面を盛り上げる美しい音楽の煌めきがあったり、音楽を聴くだけでファンタジックな情景が浮かびあがってくるようです。

何よりも劇中のそれぞれの音楽やセリフには強い説得力と普遍的な美しさがあります。
『ミスタースノー』のみずみずしい憧れ。 音楽とセリフが美しい叙情詩のように展開される『もしもあなたを愛したならば』。 ジュリーが歌う『子供たちが眠っているとき』の甘く優しい音楽……、慰めと切々たる愁いに満ちた音楽の調べにもしばし心を奪われます。
また、感情の高揚と揺らぎを絶妙に描くビリーの『独り言』。 悲嘆にくれるジュリーを慰める場面とフィナーレの卒業式で旅立ちを励ます場面で歌われる『あなたは決して一人ではない』も一度聴いたら忘れられない心の音楽となるに違いありません。

それに加えて、管弦楽も細部までよく書かれていて、芸術的な香り高い作品となっています。たとえば序曲一つをとっても、『南太平洋』や『王様と私』ではインストゥルメンタルの組曲になっているのに比べ、『回転木馬』では正調なワルツ形式で、中間部や展開部を持つ純粋な序曲になっているのです。

ひとつひとつの場面が絵本をめくるような雰囲気や余韻があり、まるで大人のお伽話のように眠っていた感性を刺激してやみません。あらゆる条件さえ揃えば、この独特の世界に入り込んだあなたは、きっと驚くような感動を受けることでしょう。


魅力的な舞台を
演出するのが難しい作品

ただし、その条件は結構ハードルが高いといえます。
まず主役のジュリーとビリーが劇のイメージに相応しい充分な歌唱力と演技力を備えていなければならないこと。またオーケストラの関わりがとても大きい作品なので、通常クラシック演奏を行うようなフルオーケストラが望ましいことです。ダイナミックなサウンドと繊細な響きを硬軟自在に表現でき、ミュージカルの演奏にも慣れていれば言うことありません。そして何よりも演出と振付が回転木馬の世界観、本質をしっかり掴んで的確に表現することがあげられるでしょう。

現在あるCDやDVDの中では2013年4月26日、リンカーン・センター(ニューヨーク)でのライブがブロードウェイミュージカルの粋を結集した感動的な公演と言っていいでしょう。

特徴的なのはステージ上にオーケストラ(ニューヨークフィルハーモニー管弦楽団)を持ってきて、役者さんと歩調を合わせながら、幻想的で夢のあるステージづくりに大いに華を添えていることです。これでこそ、このミュージカルの良さが発揮されるというものでしょう。 ジュリー役のケリー・オハラをはじめとする歌手たちも粒ぞろいで、味わい深い歌と演技を繰り広げています。
残念なのは直輸入盤なので、 DVD再生のリージョンコードが日本とは違うところがかなりのマイナスポイントなのと、やはり字幕が無いところでしょうかね……。それがクリアーできれば文句なしのおすすめなのですが。

音楽CDとしておすすめできるのは1993年のロイヤル・ナショナル・シアター(ロンドン)で再演されたロンドンキャストによるスタジオ録音盤しかありません。まず、オーケストラの色彩豊かで温かみのあるサウンドがミュージカルにぴったりです! そして、終始心地よい流れと雰囲気を作りながら、歌手たちをサポートしていくのですが、本当に見事ですね。 序曲の拡がりのある響きとサウンドは最高といえるでしょう。
出演した歌手たちはいずれも水準が高く、ビリー、ジュリーをはじめとして、まったく違和感なく私たちの心を回転木馬の世界に導いてくれます!

音質も非常に良く、回転木馬の名曲を味わうには最高の一枚と言えるでしょう!


2017年11月15日水曜日

「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」





ディエゴ・ベラスケス 《王太子バルタサール・カルロス騎馬像》 
1635年頃 油彩、カンヴァス 211.5×177cm  
マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Prado


ルネッサンス、バロックの
名画の数々が集結

展覧会のタイトル、『ベラスケスと絵画の栄光』と聞くと、「そうか、ついにベラスケスの絵がたくさん見られるのか!!」と、小躍りして喜ばれる方もいらっしゃるかもしれません…。

でも実際は、タイトル名に巨匠の名前を冠していたとしても、蓋を開けてみたら巨匠の絵はたった2枚だった……ということも決して珍しくないことです。 それは歴史に名を刻んだ偉大な画家であればあるほど、美術館からの持ち出しには厳しい条件が付いてまわるし、さまざまなセキュリティの問題が絡んでくることが必至だからなのでしょう。

それでも、2018年の2月と6月に東京と神戸で開催される『プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光』では、ベラスケスの絵が7枚出展されるということで、これまでの事情からすれば破格の点数になるのかもしれません。

プラド美術館と言えば、かつてスペインが栄華を極めたフェリペ王時代のコレクションがベースになっています。ベラスケスをはじめとして、エル・グレコ、ゴヤのスペイン国内の巨匠、ルネッサンス、バロック時代の名画の数々を所蔵する、まさに西洋美術の歴史と文化を今に伝える美術館といっていいでしょう。
今回はベラスケス以外にもラファエロ、ティツィアーノ、ルーベンス等の名画が堪能できます。



「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」

■東京展
会期:2018年2月24日(土)~5月27日(日)
会場:国立西洋美術館
住所:東京都台東区上野公園7-7
時間:9:30~17:30(金・土は20:00まで)
※入館は閉館の30分前まで
休館:月曜日 ※3月26日(月)、4月30日(月)は開館
料金:
一般 当日 1,600円 前売・団体 1,400円
大学生 当日 1,200円 前売・団体 1,000円
高校生 当日 800円 前売・団体 600円
※中学生以下無料
※心身に障害のある方及び付添者1名は無料(入館時に障害者手帳を提示)
※団体は20名以上
※2018年2月24日(土)~3月4日(日)は高校生無料観覧日(入館時に学生証を提示)

■兵庫展
会期:2018年6月13日(水)~10月14日(日)
会場:兵庫県立美術館
住所:兵庫県神戸市中央区脇浜海岸通1-1-1
時間:10:00~18:00(金・土は20:00まで)
※入館は閉館の30分前まで
休館:月曜日 ※ただし祝日の場合は閉館、翌火曜日休館
料金:
一般 当日 1,600円 前売・団体 1,400円
大学生 当日 1,200円 前売・団体 1,000円
70歳以上 当日 800円 団体 700円
※高校生以下無料。 ※団体は20名以上。
※前売は一般、大学生のみ。前売券の販売開始は2018年春を予定。
※心身に障害のある方は各当日料金の半額(70歳以上除く)、その介護の方1名は無料。
※一般以外の当日券の購入および障がい者割引の適用には要証明。

2017年11月6日月曜日

ロジャース&ハマースタイン 「南太平洋」










ロジャース&ハマースタインの
傑作ミュージカル

先日の「王様と私」に続き、今回もロジャース&ハマースタインのミュージカル「南太平洋」をあげてみたいと思います。この作品はブロードウエイでの初演が1949年ですが、1958年には映画化もされたミュージカルの傑作です。

太平洋戦争の最中に南太平洋のとある島を舞台に従軍看護婦ネリーと島に住むフランス人エミール、そして海兵隊と島の娘の恋を様々な視点で描いた切ないラブストーリーです。

但し、映画のほうはハワイで長期間のロケを敢行したにもかかわらず、フィルム全編にカラーフィルター効果をかけてしまったために、風光明媚なロケ地の美しさを台無しにしてしまったという曰く付きの映画です。それでもエミールを演じたロッサノ・ブラッツィやネリーを演じたミッツィ・ゲイナーの魅力、名曲「バリ・ハイ」を歌ったファニタ・ホールの存在感は映画史に長く記憶されるものでしょう……。

音楽は生き生きとしてヴァリエーションに富んだ名曲揃いなのですが、映画のサントラ盤は録音の古さが目立ち、全体的に歌唱法の古さもやや気になるところです。

そこで、ここではブロードウェイの舞台を収録したCDをとりあげてみたいと思います。
「王様と私」が比較的、現代のミュージカルスタイルに対応できる曲のテイストをもっているのに比べると、「南太平洋」はどことなく古き良きアメリカを想わせる懐かしいサウンドで充ち満ちていますね……。
名曲「魅惑の宵」、「バリ・ハイ」に聴かれるように、一昔、いや二昔も何十年も前のような古色然とした味わいを持っているのです。

音楽はとにかく楽しく魅力に満ちた名曲の宝庫です! コミカルでユーモアいっぱいの「ブラディー・メアリー」や「あの人を洗い流そう」。子供たちが歌う可憐な「わたしに告げて」。珠玉の輝きを放つ「魅惑の宵」、「バリ・ハイ」、「春よりも若く」。気が利いている「ア・ワンダフル・ガイ」、「ハッピー・トーク」等々、音楽を聴くだけでも舞台の雰囲気が彷彿として、充分に満足できることでしょう!


音楽的に洗練され充実している
2008年ブロードウェイ盤

お勧めしたいのは2008年ブロードウェイ上演盤です。
これは2008年のトニー賞を7部門独占した名演の記録ですが、音楽全体が生き生きとしているし、古き良き時代の雰囲気を醸し出しながら、洗練されていて音楽的に充分美しいのです。

特に素晴らしいのが、ネリーを演じたケリー・オハラですね! 
往年の名歌手ジュディー・ガーランドやドリス・デイのような、いかにも古き良き時代のアメリカ的な歌唱法で雰囲気満点なのですが、もちろんそれだけではありません。ささやくような発声と自然に心に溶け込むような語り口の歌が最高なのです。「ア・ワンダフル・ガイ」や「あの人を洗い流そう」はまるでケリー・オハラの持ち歌のように自然で、表情豊かで、柔らかな歌唱に引き込まれてしまいます!

トニー賞の最優秀男優賞を受賞したエミール役のパウロ・ゾットの歌やその他のナンバーも良くまとまっていて、聴き応え充分です。このCDを聴くと、舞台が無性に見たくなるかもしれませんね…。

2017年10月30日月曜日

セザンヌ 「モンジュルーの曲がり道」










創造的な試みが充満している
セザンヌの絵

この絵を見て瞬間的に感じるのが、「何て絵心を刺激する絵なんだろう!」ということです。私は絵筆を置いて久しいのですが、この絵を見ると、どういうわけかもう一度描いてみたいという気持ちが少なからず起こってくるのです……。
そんなこと言ったら、「この絵がどうして絵心を刺激するの?」、「そうかな?」と言う声も聞こえてきそうですね…。

どうしてなのかと言えば、この絵のあらゆる部分に様々な創造的な試みが充満しているからでしょう。つまり絵としての魅力が見れば見るほどに伝わってくるのです。
もしかしたら自分もこの絵の端くれみたいなものが描けるかもしれない?(まず無理なことでしょうけれど…)という親近感を抱かせることも大きいかもしれません。

皆様がご存知のようにセザンヌはあたりまえのように風景を描写したのではありません。
セザンヌの絵を見ていつも思うのが、無造作に積み重ねられた色彩面が醸し出す美しさが際立っていることです。彼は自然から感知した規則性や法則を自身の感性のフィルターを通して絵の中に抽出してみせているのです。

特に印象的なのは画面全体の3分の2を埋め尽くそうかという木々の緑です。
何度も塗り重ねられた緑は多様な表情を映し出し、色彩の変化や陰影の面白さをみせてくれます。また、セザンヌ独自の幾何学形態的な描写法と絵の具を塗り残す筆のタッチが、時として風がそよぎ、揺らいでいるように見え、大気の流れのように感じさせてくれたりもするのです。

緑に挟まれる形で配置されているクリーム色とオレンジを基調にした暖色系の家屋は周囲の緑との色彩の響き合いや対比の中で強い存在感を放っています。
その他、創造的な試みがあれやこれやと結集した、見れば見るほどに味わいが増してくる絵といっていいでしょう!

2017年10月23日月曜日

ロジャース&ハマースタイン  『王様と私』











ブロードウェイの
古典的傑作

『王様と私』は1951年に公開されたブロードウェイミュージカルですが、5年後に公開された映画は、ブロードウェイと同じ王様役を演じたユル・ブリンナーの独特の個性と存在感で、このミュージカルが持つ魅力と知名度を一躍世界に知らしめたのでした。
現在でもブロードウェイではたびたび上演されていて、その人気の高さがうかがえますね。

ミュージカルは演技や振付も大変重要な要素の一つですが、それと同じかそれ以上に重要な要素が音楽や歌です。
『王様と私』はリチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン2世のゴールデンコンビによって制作されたミュージカルの傑作ですが、この作品の成功は音楽抜きにはまず考えられないでしょう。 巧みなストーリー展開や登場人物の性格づけがオリエンタルムードをテーマにした音楽によってうまく引き立てられているのです。

またオリエンタル調のテーマと叙情的なバラード、コミカルな歌とのさじ加減が絶妙で、いい意味で均衡がとれているのです。しかも音楽が無理なく心に溶け込んできて、聴く喜びで満たされていきます。

印象的な曲をざっとあげると次のようになるでしょうか……。

純真な乙女心が瑞々しく漂うタプティムの『My Lord And Master』。しっとりとした情感が忘れ難いアンナの『Hello, Young Lovers』。アンナが子供たちに寄り添うように歌う『Getting To Know You』。ルンタとタプティムの美しいバラード『We Kiss In A Shadow』、『I Have Dreamed』。そして今やスタンダードナンバーとして名高く、粋なセンスや夢が拡がる『Shall We Dance?』等々、それぞれに時が経つのを忘れてしまうような味わい深い名曲が目白押しです。


忘れ難い1992年の
スタジオキャスト盤

『王様と私』で真っ先におすすめしたいのが、1992年のスタジオキャストレコーディングによるCDです。
ミュージカルのCDは出来るだけ舞台のイメージを膨らませてくれたり、ストーリーの展開が伝わってくるようなレコーディングこそ相応しいのではないでしょうか…。
映画や舞台のイメージを美しく甦らせる効果があるとするならば、このCDは最高の一枚と言っても決して過言ではないでしょう。

何といっても素晴らしいのがアンナを演じたジュリー・アンドリュースです。アンドリュースは『王様と私』のアンナ役に長年恋い焦がれてきたそうですが、舞台ではなかなかその願いも叶わず、ようやくこのスタジオキャストアルバムで念願が叶ったのでした。

その想いの強さは彼女の歌に溢れ出ているといっていいでしょう! 歌声からこぼれ落ちる気品と聴く者を引き込まずにはおかない豊かな表現力と情感! 中でも『Hello, Young Lovers』は語りかけるような歌い方や一小節ごとに表情が変わる柔軟さが最高で、他の歌手が歌った同曲は、どうしても色褪せてしまいます……。

アンドリュースだけでなく、王様役の名優エドムンド・キングスレーやディズニー映画の歌姫レア・サロンガ、グラミー賞歌手ピーボ・ブライソン、ディーヴァとして難曲に幾度も挑戦してきたマリリン・ホーンと適材適所に豪華なキャストを配していて、その聴き応えや満足度は途轍もなく高いですね!

特にレア・サロンガは素直な歌い方と透明感溢れる声の響きが涼やかな風のように心地よく、心を癒やしてくれます。

ハリウッドボウルオーケストラの、舞台の情景が眼前に浮かんでくるような色彩豊かで情感たっぷりの演奏も素晴らしく、ミュージカルの真髄を心ゆくまで味わせてくれます。間奏部分でのヴァイオリンのソロ等はちょっと泣かせてくれますね……。

この録音の成功の要因は完成度を高めるために決して妥協せずに、スタッフ、関係者が随所に徹底的にこだわり抜き、誠実な作業を遂行したところが大きなポイントなのかもしれません。